作詞の約束事
● 初めて作詞をした、という方の作品を見せていただくことが
くあります。中には上手な方もいますが、ほとんどの人の作品
が、そのままでは【歌】になりません。
なぜでしょうか?
それは、作詞というものは、あくまでメロディがついてこそ、
音楽作品として完成する という宿命を背負っているからなの
です。 作詞は、作曲されて歌われてこそ、はじめてその真価が発揮されるということですね。
● この分かり切ったことを、ほとんどの素人の方は、理解しな
いまま、作詞をはじめてしまうのですね。つまりアマチュア作品
には、技術的に、自由詩の延長(または詩のかたちをした日
記)みたいな作品が多い、ということになるのでしょうか。
ですから、そうした作品にメロディをつけてみようと思っても、作
曲家はついつい抵抗を感じてしまいます。つまり、メロディが何
となくつけづらいのです。
それというのも、作品の形式やことばづかいが、歌謡詞になり
きっていないからなんですね。
そうです、ここが大事ですよ、作詞は、自由詩でなく、歌謡詞
になっている ということが、歌づくりにとっては大切なことな
のです。
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● では、その
自由詩と歌謡詞の違い とはいったい何なん
でしょうか? ここをわかっていただけると、あなたの作詞に対
する態度がガラリと変わってきますよ。
すこし回り道にはなりますが、ここに、 自由詩と歌謡詞の
傑作をたくさん残したひとりの偉大な詩人 をひとりご紹介しておきましょう。
年輩の方ならきっとご存じでしょう。 もちろん日本の作家で男
性ですよ。 30年ほど前に故人になられていますが、歌手で言
えば西城秀樹さんと似たような姓で・・・さて、もう誰だかあなた
にはおわかりでしょうか?
そうです、かの 西条 八十(さいじょう・やそ)先生のことですね。
勘のいいあなたは多分、『や、そ!』 と思われたことでしょう(^o^)
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● 西条 八十は、明治25年(1892)に東京牛込で生まれ昭
和45年に亡くなられた、日本の誇る近代詩人のひとりです。
中学生のころ、すでにロングフェローを試訳したといいますか
ら、かなり早熟だったわけです。その八十が一時相場師になって資金をつくったりして、当時の児童文学雑誌 【赤い鳥】(大正7年 鈴木三重吉が創刊)
に発表した新童謡が、かの有名な 「かなりや」 です。
♪ 唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後(うしろ)の山に棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ・・・
「鞠と殿様」 なども同じく八十の作詞ですし、それに面白いことに、竹久夢二の作詞でよく知られているあの
「宵待草」 の二番の歌詞は、じつは西条八十の作詞だったりします。
● 詩人としての名前が一般に知れわたってくると、八十は27才の時、神田の尚文堂というところから、処女詞集
【砂金】 を自費出版するのです。これが、学生時代からイェーツやメーテルリンクの影響を受けて 象徴詩を書いていた八十 の第一詩集になります。
● ではその 【砂金】 の中から一つだけ 【パステル】
という作品を選んでみます。 もちろん典型的な自由詩ですよ。
【パステル】
詩 西条 八十
粗(あら)いてざはりの露西亜更紗(ろしあさらさ)に
包んだ透蠶(すきご)はいつまでも
めざめねば、今日は
君とふたり、碧(あお)い山脈(やまなみ)を眺める。
ああ、金口(きんぐち)の冷たく、莨(たばこ)の咽
の
ゆるくながれることよ、
見よ、鳶色(とびいろ)の林の中を、黒い馬が牽いて
象牙の棺車(ひつぎぐるま)が通る。
から、から、と
セリウムの鈴のやうな、快(い)音(ね)がする。
ゆくてには白い雲がわき
明るい三角畑には桐の花が零(こぼ)れてゐる。
君よ、莨を棄てゝ
すっぽりと露西亜更紗に、これら総て
薄紫のパステルを包もうぢゃないか
遠くけむる山脈も、あきらかな鳥のかげも 。
――
朝餐(あさげ)の間、
透蠶とともに
香膏(あぶら)のやうに眠らせるため。
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● いかがでしょうか?
どう見ても作曲して大衆が歌える詞ではありませんね。
使われていることばも難しいものが多いし・・・
ひつぎぐるま、って棺桶のせた車のことですよ。
長さについて考えてみると、自由詩はメロデイをつけるという制
約のない状況下で書かれます。
だから、いくら長くてもいいし、いくら短くてもいいんです。
非常に長い例では、唐の白楽天がつくった長編の叙事詩
【長恨歌(ちょうごんか)】があります。
なにしろ全編七言120句から成っていまして、これは
かの、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋の物語です。
2018年2月に『空海』という中国の映画が公開ところでされまし
たが、その中ではこの長恨歌が取り上げられていますよ。
短い自由詩の例では、フランスの作家、ルナールの
【博物誌】が有名です。 たとえばこの中に 【蛇】 という
タイトルの作品があります。本文を掲げてみましょうか。
タイトル 【蛇】
詩 ルナール
ながすぎる
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● なんと、たったのこれだけです。 蛇は長くても、詩はおそろしく短いですね。 いかにも、あの 名作「にんじん」 を書いたルナールらしいユニークな作品と言えます。
これは余談ですが、「ウーン」 とウナールついでに、これくらいなら、わたしにも書けると、その短さを真似をした人がいましたっけ。その作品をご紹介。
タイトル 【ダックスフントの脚】
作者不詳
みじかすぎる
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● たしかに、これでも 自由詩 です。長くても短くても、だれも文句は言いません。しかし、これが 歌謡詞 となるとこうはいかないのです。一曲あたり3分から5、6分は聴かせる歌ですから、最低でも次にあげるくらいのボリュームは欲しい。
【酒は涙か溜息か】
高橋掬太郎 作詞
古賀 政男 作曲
酒は涙か 溜息か
こころのうさの
すてどころ
遠いえにしの かの人に
夜毎の夢の
切なさよ
酒は涙か 溜息か
悲しい恋の
すてどころ
忘れたはずの かの人に
残るこころを
なんとしょう
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● え? こんな歌は知らないですって?
これはですねえ、昭和6年に 藤山一郎 が歌ってヒットさせた
不朽の名作なんですが・・・・。 は? 藤山一郎 なんていわれ
てもご存じないとおっしゃる? つまり、この方は【青い山脈】
や【長崎の鐘】を歌った歌手でして・・・・
や、ちょっと脱線してしまいましたが、この歌謡詞と長さの関係
については、もっと先へいってから改めて勉強することにいたし
ます。
さて、かの 西条八十 はその後渡仏してソルボンヌ大学に学
び、帰朝してから早大の教授をつとめます。
以降、自由詩の詞集として 【見知らぬ愛人】【蝋人形】【美し
き喪失】【一握の瑠璃】 などを出していきます。
一方、ヒューマニストだった八十は、大正12年秋の大震災の
あとあたりから、「民衆に歌を贈ろう!」 と思い立ち、当時は
一般的には俗謡と低く見られていた流行歌に、しだいに手を染
めるようになってゆくのです。
やがて八十は、大変な数の 歌謡詞(流行歌) を発表するこ
とになります。これは大学教授だった純粋詩人としては、すごい
変身ぶりですよねえ・・・、とにかく作る歌は片端からどんどんヒ
ットしてゆきます。
当時から戦後にかけて大衆にヒットした 西条八十先生の代
表的な流行歌 作品をあげてみましょうか。
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すべて 西条八十 作詞
タイトル
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作 曲
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歌 手
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涙の渡り鳥
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佐々木俊一
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小林千代子
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東京行進曲
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中山 晋平
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佐藤千夜子
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愛してちょうだい
|
中山 晋平
|
佐藤千夜子
|
侍ニッポン
|
松平 信博
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徳 山 l
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サーカスの歌
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古賀 政男
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松 平 晃
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なつかしの歌声
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古賀 政男
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藤山一郎/二葉あき子
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支那の夜
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竹岡 信幸
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渡辺はま子
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旅の夜風
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万城目 正
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霧島昇/ミスコロムビア
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お島千太郎旅唄
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奥山 貞吉
|
伊藤久男/二葉あき子
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蘇州夜曲
|
服部 良一
|
霧島昇/渡辺はま子
|
東京音頭
|
中山 晋平
|
小唄勝太郎
|
ゲイシャ・ワルツ
|
古賀 政男
|
神楽坂はん子
|
トンコ節
|
古賀 政男
|
久保幸江
|
青い山脈
|
服部 良一
|
藤山一郎/奈良光枝
|
誰か故郷を想わざる
|
古賀 政男
|
霧島 昇
|
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● どうでしょう、中山晋平、万城目 正、古賀政男、服部良
一 といった当時のそうそうたる作曲家がズラリと顔をならべて
いますね。それにしても、フランス文学の教授が 「ゲイシャ・
ワルツ」をつくるなんて、なかなか粋じゃありませんかい。わた
しはこの曲を
「シャンソン・ド・エンカ」 と呼ぶことにしました。
それでは、典型的な歌謡詞の例として、この中から有名な
【誰か故郷を想わざる】 をあげておきます。あなたもカラオケ
で歌ったことがおありと思います。もしあなたが10〜30代の方
なら、多分お父さんやお母さんがよーくご存じの名曲。
【誰か故郷を想わざる】
西条 八十 作詞
古賀 政男 作曲
花摘む野辺に 日は落ちて
みんなで肩を 組みながら
唄をうたった 帰りみち
幼馴染の あの友この友
あゝ誰か故郷を 想わざる
ひとりの姉が 嫁ぐ夜に
小川の岸で さみしさに
泣いた涙の なつかしさ
幼馴染の あの川この川
あゝ誰か故郷を 想わざる
都に雨の 降る夜は
涙に胸も しめりがち
遠く呼ぶのは 誰の声
幼馴染の あの夢この夢
あゝ誰か故郷を 想わざる
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● さて、なんとなく、皆さんにも 自由詩と歌謡詞の違い が
見えてきたのではないでしょうか? ここでその特徴をひろって
比較しておきましょう。
【自由詩】 −−詩ことばで書かれている−−
|
形態
|
詩文自体が、作品として独立している。
世の中へは主に視覚(文字=印刷媒体)を
とおして 広まってゆく。
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形式
|
一般的に形式や韻律(音声の長短、強弱)が
自由な作品が多い。 長さも短いもの、最低
一行から長いものは何百行もあってもいい。
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内容
|
個人の主観、イメージを大事にするため内容
が抽象的になったり、 飛躍する場合がある。テ
ーマ、素材はまったく自由。
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【歌謡詞】
−−歌ことばで書かれている−−
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形態
|
作曲され、歌われることで価値が生まれる。
世の中へはレコード(CD)、音楽配信等、音声媒体をとおして広まってゆく。
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形式
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一定の形式がある。例えば演歌では4〜6行
詞が多く、ポップスで8〜14行詞ぐらいにな
り、それなりの韻律(リズム)をもっている。
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内容
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歌いやすく憶えやすいことがヒットの条件である
みじかな素材、分かりやすいテーマがえらばれ
る。生理的に不快感をあたえないもの。
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● いかがでしょうか。これであなたも作詞をするということは
歌謡詞 を書かなければならないのだ、ということがわかりまし
た。次にはそれを どんな風に書くのかということになります。
どんな風に書いても、だれも文句は言いませんが、ここであな
たに 『最短距離で、作詞に上達する秘訣』 をお教えしちゃ
います。無料の講座だからって、バカにしちゃいけませんよ。こ
れぞ、ヒット作家になるショートカット(近道)なのですから!
それは、つまりこうです。
作詞の基本 として、あなたには 短い 定型詞 から勉強を
してゆくことを強く強くおすすめいたします。
なぜなら、「歌う」 ということは、心を 「訴(うった)う」 という
ことから始まるのです。 月に向かって吠えるオオカミの声を聞
いてご覧なさい。
『ウオ−−ン!』 あの一声にあふれる想いがこもっているでしょ
う。 同じように、もともと歌のフレーズは、出来る限り短いこと
ば で、単純に構成 してこそ、人々に 強い感動
をあたえることができるのです。
● もちろん、ビートのきいたノリノリの曲も悪くはありませんが
意味不明の長い歌詞の歌はいただけません。 詞先(しせん)
で作詞するときは、ことばが自然に身体にしみこんでしまい、いつでもすっと出てくるような短い詞を書きましょう。
注) 詞を先に書き、あとから作曲する場合が、詞先
で、これに対し、曲を先につけてそのメロディに詞を
ハメコミ する場合が、曲先(きょくせん)または
メロ先 です。
さて、その短い詞を書くためには、まず 正しい形の定型詞から勉強してゆくことです。この定型詞についてはあとの本編講座の中でいろいろ例をあげて、ご説明いたします。
そのまえにまず、定型詞にかならずついてまわる 字脚の法則 から勉強することにします。
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